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私が体験した児童養護施設の生活

私は2歳の時に児童養護施設に来ました。この当時まだ児童養護施設ではなく孤児院と呼ばれていて親を亡くした子や親が病気になった子、親が行方不明になった子といろんな子がいました。
私もその中のひとりで、父は離婚して居場所がわからず母は病気で亡くなりました。当時は2歳ということもあってなにも知らず、きずいたら児童養護施設で生活していた感じです。小学校にあがったあと親のことを聞かされ、その当時はショックではなく当たり前のように施設で生活していたので、親がいると違う生活なのかと驚きました。その後あっというまに18歳になり児童養護施設を卒業後、就職先で知り合った人と結婚して親と言うものを実感しています。

孤児院から児童養護施設へ

孤児院は戦後で孤児となった子が生活する場所として始まったみたいですが、昔は親がいない状況の子が多かったのですが、今は親からの虐待などで施設にくる子がほとんどだそうです。テレビなどをみたりすればわかることですが、かなり私的にはショックなことでした。
心に傷をおった子が多くなったことで児童養護施設の先生たちも大変だと思います。私が施設にいたころもいろいろなことがありました。2歳で記憶が浅い私は、当たり前の生活と思って暮らしていたのですが、3歳以上の子から親という存在がわかるので多くの子が、捨てられるという思い込みが激しいみたいで、喜怒哀楽がとても激しかったと思います。 あとは、非行に走って注目をあびる子もいました。心の傷がいろいろあり普段は普通でも突然暴れだしたりして精神的に不安定になる子もいました。私自身親という存在じたい知らなかったのですが、今は自分が親の立場になっているので戸惑うことばかりです。

児童養護施設の現状は?

私の育った施設は実家という感覚でたまに訪問したりしています。施設はこじんまりとした家だったので先生たちも相変わらずです。一緒に施設で暮らした仲間の中には保育士や指導員などになって児童養護施設で働いている子もいます。でも今すごく施設の先生たちが足りないみたいです。虐待などで施設にくる子が多い分、指導員や保育士、調理士のほかに心のケアーがすごく必要なぶん心理指導員も必要になっているみたいです。
そじゃなくても子供を大勢育てる環境はすごく大変なのになんとかやってる状態という子もいました。私も今2人の子供がいますがそれでも毎日が戦いです。虐待で施設にくる子が少しでも少なくなれば良いなと思っています。

Copyright © 2009 私が育った児童養護施設